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FFXIでまた夏祭りが始まった、という話を友人から聞いて、ちょっと起動してみたり。ものすごく久々のヴァナディールは、廃人と外人とインフレで満たされていました。こりゃもう復帰は絶望だなあ。する気ほとんどなかったけど。

各国でタルが踊っているみたいだけど、タルってあんまり好きじゃないんだよねえ。いや、デザイン自体というか見た目自体は好きなんだけど、それを操るプレイヤーの傾向があまりにもアレでその印象が強すぎて嫌いというか。大嫌いというか。もちろんタルプレイヤーにも真っ当な人だっていっぱいいるし、多少の奇行は「まあタルだし」で許せるけど、度が外れたのも多いというか。ガルカは昔はいい人ばっかりだったけど、今は結構当たり外れがある気がする。

話を戻して各国で踊ってるタル。あれが国によって異なっていたりしたら面白いと思ったのだけれど。踊ってるハゲガルとか楽しすぎると思うんだけどな。思わず踊りたくもなるってもんです。

でも夏祭りの音楽、もうちょっと頑張って欲しいと思うのは私だけか。なんかチープ。もうちょっと派手にしてもらいたかった。のんびり夏祭り、って感じはするけれどね。

インフレの話だけれど、なにあれ高すぎ。いつの間に物価があそこまで上がってたの? アストラルリングとかとんでもないじゃないか。一個20万だったりした時代のプレイヤーだけに信じられない思いであります。昔は黒鉄等で稼いでたクチだけど、黒鉄も初期の頃並の3万てどういうこと。相当出なくなったのだろうか。

もう昔みたいに根詰めてプレイする気力も時間もないのだけれど、なんとなく荒廃しているように見えるヴァナディールはとても悲しいものがある。バスの噴水前からグスタへの出口までの通り、そこに大量にいた寝バザがほとんどいなくなった現在の姿を見て、もう居場所はないな、と実感した。

久しぶりにあったフレンドに聞くと、セルビナにももうあまり行かなくなったとか。コロロカで済ませるらしい。自分にとってFFXIとはジュノ下層競売前でだらだらと誘われ待ちをしている時ではなくて、セルビナで釣り糸を垂らしながら、隣に偶然居合わせた人とどうでもいい会話をしつつ、数人で誘われ待ちをしている感じがある。そんなセルビナだから、そこがもう使われていないというような話を聞くととても寂しい思いがする。

初めてジュノに登った時は嬉しかったな。でも今ジュノの音楽を聴いても、あまりいい気はしないんだ。

FFXIの音楽でイチオシはやっぱり、セルビナとユグホトとロランベリー。これだね。
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時間があったから「4gamer」覗いていたら、びっくりな記事発見!

「テイルズウィーバー」10月5日から基本料金無料,アイテム課金制へ

これはキタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!

有料になるときにあまりの月額の高さにうんざりして辞めていたTWが基本無料化! このゲーム自体はかなり好きだったから、金払ってやろうかとも考えていただけに非常にいいニュース! かなり固定客もいただろう作品だけに、無料化は英断と言える。……考えなしと言えるかもしれんが。

アイテム課金ということだけど……うーん、たぶんあまり買うことはないと思うけど、値段の設定次第じゃ買ってしまうかもなあ。……ん、ちょっと疑問点。

現金で購入したアイテムは売れるのだろうか。売れるとなると、それを高値で売却することでゲーム内の通貨を実質買うことが可能になる。現金であまりの高額設定は無理だろうから、課金購入したアイテムはそこそこ出回るはず。となるとRMTの氾濫するFFXIよろしく非常なインフレが起きるんじゃないか……? 面倒なことせず買って露店作って放置しとけばいいだけだし。

まあ「高額で売れるアイテムは少数」>「売れるアイテムばかり氾濫」>「デフレ」という流れももちろんあるだろうから、実際インフレが起きるかどうかはわからないけれど、やはりかなりの影響があると思う。

ネクソン側としては、売り上げが上がるだろうからそれでいいんだろうけど。羽系はとんでもない性能のものが多かったから、たぶんそれらが売られるだろうし。しかも安価に。

無料となると俗に「タダゲ厨」と呼ばれるような精神年齢実年齢低い方々の流入は防ぎようがないわけで。そう考えると今回のネクソンの決断は、既存プレイヤーにとってはよくないものか。私のように、無料になって喜ぶ人もいるのも確かだが……難しいところか。

とゆーかあの「変に高すぎる料金」さえどうにかしてくれれば普通に月額料金払ったっていいのに。ライトな感じの癖に値段だけはヘヴィなんだもんなあ。



さてさて、友人に誘われるままに再び映画館へ。最近結構映画館に行ってるな……。

今回見てきたのはこれ! ――とまた買ってきたパンフレットの画像でも載せたいところだけれど今回はできないのがなんとも。買おうと思ったら売り切れ。今までパンフレットが売り切れなんて一度もなかったが……

観て来たのは「FLY,DADDY,FLY」。概略は公式サイト等を参照してもらうとして適当な感想を。

話自体が綺麗だと思った。つまり王道の展開。すんなり観られる映画だと思う。端々にはそれなりのエッセンスも効いていて、飽きずに観られた。それほど高評価は付けられないが、しかし観る分には充分な作品だと思う。TVで放送するのに合っているといったレベル。

ごちゃごちゃイチャモン付けようと思えば付けられるけど、綺麗な話だけに「まあいいか」と許せる。ちょっと現実離れはしているけれど、娯楽映画だしいいか、と思えれば楽しめる作品だと思った。

個人的にはきちんと娘を迎えに行って終わって欲しいと思ったけれど、そこの辺りは個人の差異として納得できるか。

にしても堤氏、先に姑獲鳥見てるだけにギャップが酷すぎる(笑。でもこういう役のほうが似合っていると感じた。土臭い感じが好印象。

最近は邦画が伸びてきているように思う。昔の典型的な邦画のイメージとは良い意味で違った作品が多く出てきていると感じる。「邦画なんざ」と今まで馬鹿にしていたが、少々侮れないかな、と思い始めた。

ただし創作とは感性、自分を削って創るもの。日本という社会がどれほど感性を解放させるようなものとなるか、だろうなあ。開放だけでなく自制も出来なければ駄作になるのは明白だけど。

月曜日に久しぶりに病院。実に二ヶ月ぶりか。こうも期間が開くと自分が病人だということを忘れてしまう。つーか別に全く普通の生活送ってるしなあ。結構不摂生だし。再燃したっておかしくない。

久々の採血、そしてその後待たされること三時間。予約なんてなんのその、そんなもんは飾りですと言わんばかりの待たせっぷり。しかもこの先生一度呼んでその人こないと順番一番後ろに回すから、時間潰しに食事にも行けないという素晴らしさ。

がんセンターだと、待っている患者にポケベル渡して順番が来たら教える、というシステムを取っているから、病院内の施設に上手いこと人が分散して、混雑という感じは受けなかった。私立病院もそういう風にしてくれないもんか。ストレスで再燃しちゃいますよ? 傷害で訴えますよ?

検査の結果は全く順調とのこと。貧血の度合いも下がってるし、炎症マーカーも人並み。以前は20以上あったのにねえ(正常な人は0.1とかそれくらい)。嬉しいことです。

噂によると、ATM療法とかいうのが効くとも聞く。しかし実施してくれる病院がほとんどないということらしい。もう暫くは解緩してくれてるだろうからいいけれど、やっぱり早いところ色んな所で実施できるようにしてもらいたいもんだ。

そういえば、何度もやった「GCAP」「LCAP」も案外限られているとのこと。運がよかったのかねえ。透析室の先生たちも凄くいいひとたちだったし。

世の中は自分を中心に回っている――なんてそんな馬鹿みたいな妄想が、ときどき本当に信じられそうになるほどに、運がいいときってあるもんなんだよな。全てに感謝。南無阿弥陀仏。

アクセス解析なんてものもあったな、と覗いてみると、まあこんなものでも多少見られてはいるんだなー不思議だーなんて思ったり。なんか中学時代にやった交換日記みたいだ(笑

で。潰瘍性大腸炎のサーチで来られる方も結構いるようですが、残念ながら、私の症状はまだ軽い方だったので、まだ無茶な生活をしたりもしてます。本当に自分が病人だということを忘れるほどの日々――だけどそれが強烈な再燃を呼ぶだろうということは一応はわかっているのだけれど、いまいち実感がないというのが本当のところ。今度は症状はわかってるのだし、一度再燃して自戒の念を起こさねばならないな、と思ってるところです。

しかし先には「軽い」と書いたけれど、結局症状を見る限りは中等症いうよりも重症に近かった気もするが。調子がずっと悪くて、病院に掛かって点滴とかしてもらっていたけどそれでも治らず、きちんと看てもらったら「今すぐ入院してください」と言われたし。「いや、もう暫くあとがいいんですけど」「ダメです。できるだけ早く入院してください」なんて。熱も38度くらい常にあったし、下痢だし、固形物は食べずに水分だけで生活してたし、水ですら飲んだらすぐトイレ行きたくなったし、小便だけということもできなかったし、体重も10kg以上落ちてたし……うーん、振り返ってみると、なかなかだなあ。

入院してからは「G-CAP」「L-CAP」共にやったけど、どうもLの方が効くらしい、ということを先生が言っていた。自分の場合Gでも充分効いていたのだけれど、最後の最後で副作用なのか、一気に発熱、41度級の高熱が出て大変なことになった。それまでも治療中に息苦しくなったり、眩暈がしたりということもあったが、概ね大丈夫だったのだが。

自分の場合、「強化療法」とか言って、ちょっと試験的にやったことがあった。通常GCAP/LCAPは多くて週に一度ということらしいのだけれど、それを週に二度やるというもの。たぶん私が若いから、という理由でこれの対象になったんだろうが、実際よく効いてくれて、入院当初はペンタサ8錠+GCAPだけでぐんぐん良くなってくれていた。だけど件の高熱発生で一気に病状悪化血便復活、プレドニン投与開始とあいなったのでした。

今のところそれほど重く考えていないから、「UCは薬物療法、CDは食事療法」というのを信じて普通の食生活を送っております。とゆーか退院してから思ったけど、一般的に世の中油っこいものだらけだ。ありとあらゆるものに油が使われてる。改めて、日本食が優秀だということを認識。けどあんまり好きじゃないのよねえ。

ああ、あと知り合いに三日以上(目安)入院している奴がいたら絶対お見舞い行ってあげてください。特殊な例を除いて、本当に有り難いです。「なんだよ来たのかよー」とか言われても、内心とても嬉しいはずです。病院って本当に退屈で、人と喋ることが本当に楽しく、時間が簡単に過ぎてくれて、時間の経過を長く感じすぎてしまう入院患者らにとって、来客はこれ以上ない良薬となるはずです。一日ずどーんでなく、毎日ちょびちょびが理想ではあると思うのですが、一日くらいは行ってあげると喜ぶと思います。

入院なんて三日で飽きます。一日がアホみたいに長く感ぜられます。少しお喋りの相手をしてあげるだけで、精神的に非常に楽になるんです。いやこれほんと。

そんな自分は、見舞いに来てくれた友人たちと大富豪やって馬鹿盛り上がりして看護婦さんに絞られた人間だったりするのですけど。

以下感想。結構強いこと書くだろうから、まだ映画自体を見ていない方は見ないほうがいいかも。



さて姑獲鳥の夏。

良い所としては、賛否両論あるだろうけど、キャスティングだと思う。

堤氏の京極堂。もうちょっと仏頂面であればいいけれど、それでも充分か。結構はまってると思う。台詞長いし難しいしで大変だったと思う。でも間の取り方がちょっと違和感。まあこれは個人の感覚か。

永瀬氏の関口。これもまた良い。いい関口。もっと不健康そうでもよかったが、やはりこれくらいで充分か。ダメ具合が良く出ていた。

阿部氏の榎木津。前にも書いたけど、ちょっとイメージが違う――けどまあこれはこれで! どうしても上田が頭をちらつくが、奇天烈さは共通だし、演じなれてる感もある。もっと活躍してくれてもよかった。

宮迫氏の木場。これがかなり微妙だとは思うが(塗仏での榎木津との騒ぎの印象による)……でも許せる範囲。背が高ければいいんだけどね(笑。魍魎だと辛そう。

原田女史の久遠寺姉妹。和服似合うなあ。声も好きな人。いい感じでした。

いしだ氏の久遠寺母。この人がかなり雰囲気作っていたと思う。この人がいなければ更に酷いものになっていたんじゃないか、と思うほど、重要な人物。CMでも存在感ばっちりだし。

メインはこれくらいとして、何が一番印象が強かったって、あれですよ!

雪絵さん! 雪絵さん綺麗すぎ! 「関口この野郎こんな綺麗な嫁さんを……!」と本気で思った。くそー、雪絵さんの健気な性格分かってるだけに余計好きになってしまった! ……関口!

あとあっちゃんも可愛すぎる! 青木や鳥ちゃんが好きになるのもわかる。関口に話を聞いているのかと怒るシーンでグっときた。つーか関口あっちゃんにも迷惑掛けてやがるな! ……関口!!



で、あと良い所はセットか。昭和二十七年という難しそうな時期を上手く表せていたと思う。黒電話が出てきたときは密かに感動していた。そのシーンのバックでは氷屋っぽい人もいたように思う。こういう細かい所は非常に良くできていたんだよなあ。京極堂の作りも良くできていたし。猫目洞の妖しさも好きだった。薔薇十字探偵社、やけにリアルな感じがしてびっくりした(笑。和寅にもびっくりだったけどな。久遠寺医院も結構凝っていたように思うけど。眩暈坂、もうちょっと長ければより良かった。でもあの歪んだ感じ、雰囲気が出ていて良い。

基本的にセットが素晴らしい出来だから、雰囲気はとても良いんだよね。話の中身も暗い感じだから、どこか鬱屈とした感じは良く出ていた。後にも言うだろうけれど、だから材料は良いんだよ。

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さて、思い出せる良い所はそのくらい。悪い所の方がよっぽど挙げられる。というか、色々と悪すぎてもう記憶にすらない感じがある。要所要所しか思い出せないし。

まず色々と古い。古典的な邦画だ。個人的に邦画が嫌いな理由がこの独特の臭いである。テンポが悪い、音楽がない、引いた視点が多すぎる、等々、現在の映画とは言えないものとなっている。上からぐるぐる回して撮る手法……古すぎやしないか? 昭和二十七年という設定からあえてそういう風に作ったのかもしれないと思ったが、どうかなあ。テンポを悪くしているだけだと思う。月齢云々がどどんと出てきたときは席を立ちたくなった。無意味な演出は排除しようよ。ただでさえ映画に纏めるには長い作品なのに。

そう、映画に纏めるには長いのだ。だから所々端折らなければ成り立たない作品である。しかしその端折る所が悪くはないか? 端折るべきところを端折らず、端折るまじき所で端折っている感が多々あった。紙芝居なんていらなくないか? あれも意味のない飾りだと思う。綺麗と思ってやってるのかもしれんが、「始まり始まり~」とか言って始まった時には席を(ry

直接的な表現ができないから本当に中途半端だ。原作を読んでいない人間に内藤の立場がわかるのだろうか。かなり重要であるはずなのに、劇中じゃあ単なる変なおっさんとしか取れない。基本的に背景説明が少なすぎて置き去りにされまくり。かといって原作読んだ人への映像としての補完作品として位置づけているのかと思えば、要所要所での名シーン及び台詞(榎木津の『これで漸く普通の事件に~云々等。記憶曖昧なため間違っているだろうが)もカットされていて原作を知る人にも特に快感はない。凄くひとりよがりな作品に思えて頭がぐらぐら煮えた。最後の最後、京極堂の「この世には~」という台詞に至っては、「このあとあれが来たらもうお終いだな……」と思っていたら案の定出てきて「ああもうダメだ」と。

ミステリーでいこうとしてるのか、はたまたホラー的なものでいこうとしているのか、さっぱりわからない。つまり方向性が不明だ。久遠寺医院の見取り図が出てきたときには「ああミステリーっぽい感じか」と思ったらなんだか中途半端で終わってしまったし、姑獲鳥っぽい幻覚を見る関口が多々出てきたからにはホラーでも行くのかと思ったらやたらチープで「あれれ?」だし。つーか姑獲鳥、なんかふるーいポルノ映画のワンシーンのようで、あれに何度も出てこらたときには席を(ry

京極堂の憑き物落としによって結界が破られ腹が裂け、そして現れる死体――という、そこがどう映像化されているかが気になっていたのだけれど、なにあれ。まんまじゃないの。というか印象が薄すぎるぞ。原作のシーンは凄惨強烈、鮮烈すぎるまでの印象があったものだけれど、全然だ。ただ屏風倒れて出てきただけですか。なのにその後関口「産まれたんだ」て、もう完全に脈絡ないですよ、どう考えても産まれたようには見えません。関口の目線ではない客観で見せたかったのかもしれないが、見せ場のシーンを陳腐にしちゃあどこで盛り上がればいいのやら……

スポットライトが当たる演出、あれが合う人ならいいのだろうが、私的にはもうダメすぎた。意味がわからない。何故そこで当たるのか、どんな意図があるのか……まったく理解ができなかった。わざわざ暗くしてまで何をするのかと思えば、ねえ……雰囲気ぶち壊しです。

雰囲気ぶち壊しといえば音楽だ。あれにはまいった。音楽を記号化して使おうとしているのはわかる。わかるがしかし、しつこすぎる。いや、音楽自体は良い。不安感は煽られ、今後の展開に期待させるような音楽であるし、ふるくさーい感じがするが(恐らくこれも監督の意図だろう)、これはこれでOKだ。しかしテーマ化して、そのキャラクタや場所が現れる度にしつこくしつこくしつこくしつこく同じ音を鳴らされては非常にうんざりする。久遠寺涼子のテーマともいえるあの音楽も途中から鼻につきだし、久遠寺医院が出るたびになるよくわからん効果音+音楽にはほとほとうんざりだった。燃えてるシーンでさえ効果音みたいの流した時にはもうせk(ry

いい素材はあるのに、それが全く上手く調理できていない感じ。絶対もっと面白くできたはず。ひとつひとつの画はよくできていると思うのだ。パンフレットやCMを見る限り、なかなか面白そうな作品に見える。繋ぎ方がどうも……いや、個人的に受け付けなかっただけなのかもしれないが。

まだこの頃の榎木津はそれほど奇天烈ではないにしろ、もっと前面に出れただろう。大体この作品は一人称で書かれたものだ。それを会話文と出来事だけをただ並べたからこうなる。もっと独白させればよかったと思う。そこで多くが語られているというのに、それがないから、説明不足にも程がある。ナイフの件に関しても、画面を良く見れば最初からある、みたいな試みができなかったものかなあ。あれじゃ関口があまりにも……。第一シーンが飛び飛びで脈絡がないし、だからキャラに愛着が持てない。パンフレットに多くの人が映画化を試みて失敗してきたみたいなことが書かれていたが、これも失敗じゃないか?

最後の最後まで見終わった後、一緒に見に行った友人と目を合わせてお互い苦笑し、あまりに不完全燃焼だったために「電車男」を続けて観て帰った。電車男の方が数倍面白いってそんな馬鹿な……orz

魍魎出ないだろうなあ、これじゃあ……楽しみにしてたんだけど、魍魎……絡新婦……うう。



さて、早速友達と一緒に見に行ってきましたよ。





全然人いないだろうなーと思ったら、意外と人がいて「あってるよねここで……」と不安になったりもしたり。いやほんと、下手したら「俺らだけかもねー」なんて言ってたりしてたくらいで、人いないと思ってたのですよ。

そんな感じの驚きと共に始まっていった姑獲鳥の夏、さて内容の方はといいますと――

もはや何も言うまい。原作には及ばないとわかっていて、わかっていて行ったのだけれど、それを上回る……今書くと酷いことになるから詳しい内容は明日書くことにしよう……良い点もあったけれど、それを遥かに……まあいい明日だッ。

原作好きな人、過剰な期待は絶対にしてはならんですよ……

あとこんなもんも買ってみてたり。

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前作も面白かったし、発売日前日に買って遊んだり。素敵ソングがやはりいいね。適当さ加減が好きだ。ただ「塊オンザロック」は酷過ぎない? 前がなかなか素敵だっただけに非常に幻滅。チュートリアルの時に流れたのはあくまでお遊びVER.で真打ちが別にあると思っていたのだけど……いくらなんでもあれはないだろ……。

曲に関しては、YOUが歌ってて笑えた。自分としては好きな部類の声。元歌手ってのは本当だったんだねえ。あと松崎しげるさん素敵杉。塊オンザスウィング聞きたいがために何度もあのステージやってしまった。前作のエンディングでの語り(分かる人には分かるだろうあの素敵台詞)にもグッサリとやられてしまったが、今回は普通に歌でやられてしまった。歌上手いなあ。

でも、全体的に言えば前作の曲の方が好きだったか。坂本ちゃんが歌ってた(坂本ちゃんも、か)あの曲を筆頭に、あと二三曲個人的ヒット曲があったけれど、今作だとあんまりない感じ。

あと王様の適当さ加減が薄れちゃってて少し残念。あの王子をバカにする感じが好きだったのにな。どっかのステージでは「モット塊ヲ大キクシヨウ!!」みたいな台詞まで言っちゃうし。大コスモの王様ってのはな、もっと殺伐と(以下略

ステージといえば、牛熊が組み合わさってくるとは予想外。前作でどちらもかなり苦労しただけに、最初それを聞いたとき物凄く「orz」となってしまったことは言うまでもなく。モーモーコーン邪魔だよ! 見えねえよ!! つーか明らかに牛じゃないよそれ!!!

大きくするのが好きだから、一番大きくできるステージのところを何度もやって、とりあえず3500Mちょっとの塊を作ったところで現在停止中。例のも巻き込めてよかったよかった。

協力プレイというのも、友人と一緒にやってみた。いやあ、なかなか楽しいね。激しい罵声が飛び交うね。マジ喧嘩に発展しそうになったね。対戦もやってみた。やっぱりマジ喧嘩に発展しそうになったね。単に巻き込み合戦だったら良かったのに……目標物巻き込んで逃げまくるのは卑怯である!

価格も安めだし、遊びやすいし、やっぱり良作だと思う。協力も楽しいしね。

結局やたら久々となってしまった訳けども。結局まだ修理には出しておらず、応急処置でごまかしながら使用中。応急処置って言ってもPCフルオープン+扇風機という酷いやり方。ちゃんとPCの知識がある人から見れば、とんでもないことしてるかね? よくわからん。

さて、お盆ということで、迎え火を焚いたり、お坊さんを家に招いてお経を読んでもらったり。毎年お坊さんに来てもらっているのだけれど、相変わらずこの人法名読んでくれないんだよなあ。まー浄土真宗だから読まないのかもしれないけど、その辺があんまりよく分からない。

そもそも浄土真宗というのは、人はあの世には行かなかったはず。この宗派では死んだ人は西方にあるという浄土へ往くとされる。死者に六文銭を渡すのは三途の川を渡るためだが、浄土真宗の場合、浄土へ往くためそんなものは必要ない。ちなみに、そうした理由から親鸞上人は死という言葉を用いず、「往生」――生きて往く――という言葉を用いたそうだ。

祖母の死を契機に、少々宗教というものに関心を持たせられるようなことがいくつかあった。その中でも一番驚いたのが、創価学会だったかな、あそこに入っている人が祖母の仏前で「最高のお経だから」と言って読経してくれたのだが、そのお経を全て暗記していたということ。法華経を見事に読んでくれた。聞くところによるとそれは当たり前のことらしく、毎日読んでいるとのこと。

日本人は宗教心がないとよく言われるが、その一方でやはりあるところにはあるのだな、ということを実感させられた。

でもまあ宗教に頼らないというのは頭がいい証拠なんじゃないかな。この科学全盛の時分に、どこぞの国では「進化論を教えるのを止めよう」なんて運動があるそうじゃないか。「人間その他あらゆる物は神が創造なされたものである」だそうだが……進化論も色々怪しいと言われてはいるが、かといってそれもどうだかなあ。前者には多少の論拠がある訳だし、やはり信じにくい。それでも正しいかもしれないと、それを念頭において考えてみると、まあ信じられなくもない、というか。色々と説明しきれない部分もあるんだけどね、お互い。

そうした埒も明かない思索に耽るのも、いい暇潰しになったりもする訳だけど。

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そういえばもうすぐ「姑獲鳥の夏」が公開されるっけ。この手のものは小説の方が面白いというのが定番だけど、そもそもこれちゃんと映像化できてるのかどうかが疑問だ(笑。大体榎木津が阿部寛……絶対「TRICK」の影響だろうこれは。色素の薄い美男子、という設定からは掛け離れてないか? イメージ先行だよなあこれ。

それでも期待してるんだけど。むしろこれが好評で続編製作決定、再来年辺りに「魍魎の匣」公開ってのに期待してる。姑獲鳥より魍魎の方が面白いもんねえ。ただ最後のシーンはちと無理があるかもしれんか……というか魍魎、映像化すると随分凄惨なシーン多いなあ。大丈夫だろうか。

ま、そもそも姑獲鳥が受け入れられないかもしれないけどねえ。

でも絶対見に行くぞー!

少し前に「毎日書くぞ」という決意の日記があったのだけれど、相変わらずのごたごたでもうそれどころじゃなかったのですよ。

ええと、色んなごたごたがあってもうよくわからないのだけれど、とりあえず一番の出来事は、おばあちゃんが亡くなったことです。六月二十九日、午前七時半。病院からの突然の電話に驚き、祖母の知り合いの方々に緊急の旨を伝えているうちに、息を引き取りました。最後は必ず家族みんなで看取ろう、と決めていたのに、結局は誰一人としてあの人を看取ることができなかったのです。

化粧を施してもらった祖母は本当に生きているかのようで、そして綺麗でした。化粧をしてくれた葬儀屋の人も「肌が本当に綺麗ですね」と驚いていた様子だった。

詳しく書くとまた泣きそうになるのでここではあまり書かないけれど、遺品が多いだけに、まだ生きているような、ちょっと遠いところへ旅行へ出かけただけのような、そんな気がしてなりません。

この件については、もう少し落ち着いてから――果たしてそれがいつになるかはわかりませんが――また書こうと思います。四十九日もまだあることだし、感情の整理がつかないと思いますので。


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さて、なんか敬語になったのは置いておいて、別の近況報告。

おばあちゃんが亡くなったその翌日、うちのpcがいきなり壊れた。ファンのエラーだかなんだかで、二十分くらいすると勝手にシャットダウンする素敵システム。なるほどパソコンいじってないでやることやれというのだな。時期が時期だけに祖母の力かと疑ってしまったり。

とりあえず眠っていたノートPCを引きずり出し、無理やりネットに接続させて今これを書いているが、なんとも使いづらくて仕方がない。修理に出すか……つーか新しいの買おうかなあ。ちゃんとしたやつ。今のPCじゃもう貧弱なんだよねえ。昔の仲間から「EQIIに来ないか」と誘われてもいるわけだし……まあがっつりやるほどの時間はないんだけどねえ。

FMOも課金はしたもののさっぱり手付かず。PvPまではいきたいとこだけど、そこまでが果てしねえ……orz

そんな感じ。


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