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携帯変えよう変えよう、とずっと思っていた。しかしその度に思うのだ。「いや待て今買うのは得策ではない。もう少し待てばもっといいのが出る。次のが出たら買おう」――嘘だ。いや、思っているその時には真実である。しかし次のものが出たとき、再び思うのだ。「いや待て」と。

でもねーそりゃじゃ先に進めんです。という訳で新しいのを買ってまいりました。「SH902i」――最新型ですな。背面液晶がないのが痛いといえば痛いけど、まあいつも腕時計してるし、機能的には申し分ないという理由からこれを。プッシュトーク機能もついているから、もしこれが普及したとしてもなんとかやっていけるだろうし。

前まで使ってたのが「SH251i」という骨董品だったから、この最新機、色々と機能がありすぎてもー大変。説明書もちまちま読んではいるのだけど、どこまでが設定できてどこからができないとか、そもそも機能自体がどんなものだか理解しきれていなかったりと、今の私にゃーオーバースペック気味。でもまあ、これから一年は付き合う訳だし、きっと使いこなせるようになるだろうけど。とりあえず予測変換とかにすら慣れてないもんだから、どうにかならさないと。普通に打った方が早いんだもんなあ……。

んで。色々できるようになったものの中に「着うた」やら「iアプリ」やらある訳だけど(今更? って言わない)、色々試して遊んでたわけですよ。あーやっぱ音質悪いなーとか、うおー携帯でこんな綺麗なのできるようになったかーと、ちょっとした浦島さん気分だったんですがね……。

今まで携帯料金で数万使う、とかそういう次元が理解できなかったり、あるいはパケホーダイとかいうサービスに入る意味がよくわからなかったのだけど、無理矢理理解する羽目になりました。

一日、それも僅か数時間でiモード料金が一万越えた……(´・ω・`)


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ご利用は計画的に。


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いやはや、また風邪をひいた。鼻水が酷い。その影響か耳が常に詰まっている感じがする。喉も痛い。微熱に弱いという体質からか、とても体がだるい。頭痛がする。でも休んでなどいられない。仕方のないことなのだけれど、でもやっぱり優しくないよなあ。でも熱もそんなにないし、気合いでどうにかなっちゃうんだから休むまでもない、といえばそうでもある。結論を先送りにしている時点で、もう結果は見えているのだねえ。

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さて、クリスマスも終わりを迎えた訳だけども、クリスマスから年末年始の時期は実にテレビ番組がつまらない。いや、普段もつまらないのだけど、特番が多くなると必然的に番組数自体は減っていって、色々な種類の番組が観られなくなるのが余計につまらなく感じさせる。特に最近はお笑い芸人が鼻についてきて(面白い人なら一向に構わないのだけど)テレビ自体がつまんなくなってきていたのに、特番なんてやられたらお笑い芸人のオンパレード、玉石混淆で観てるだけでストレスが溜まってしまう。喋りが面白ければほんといいのだけど。品川庄司とかは好きだなー、まあミラクルタイプの影響が大きそうだ。でも今年のM-1での彼ら、面白かったと思う。あんまり評価高くなかったけど。

そんなつまらない年末年始の番組群の中で、毎年「これだけは!」と必ず観ているものがある。『クリスマスの約束』だ。ちなみにこれ、小田さんがやり始めた最初の年からずっと観ている。小田さんの声はとても綺麗で力強くて、歌の持つ力を精一杯発揮させている感じがして、見るたびに泣きそうになる――というかまあ、泣いてるんだけど(笑。「まっ白」「ラブストーリーは突然に」という、定番のこの流れの時点で、もう感動で泣けてくる。歌は凡百の言葉に勝るというのを実感。

今回の『クリスマスの約束』はツアーの一部を流用、というかそのまま流すようで、他の人の曲のカヴァーは少なかったけども、あの人が歌う様子や声は、それだけで元気が出るし、色々と考えさせられもする。「生まれくる子どもたちのために」「たしかなこと」「言葉にできない」――この辺は本当に揺さぶられる。毎年思うのだけど、この人のコンサート、行きたいなあ。絶対楽しい。絶対嬉しい。あの優しい時間を共有したい。あそこは一種、幻想郷だ。

だというのに、今年はその幻想郷を破壊する人間が現れた――観た人ならわかるだろう、あいつだ。大嫌いな喋り方と振る舞いをする、ある種自分の対極にいるだろう人物(しかしこれは同族嫌悪という気もする。自分も意識しなければああなっている可能性もかなりある。それが余計に腹立たしい)……わざわざ隠す必要もないけれど、それでも一応ぼやかして、歌の下手な何某という歌手という表現にする。小田さんが何を考えて彼を呼んだのかは全くわからないが、最初彼がゲストだと聞いたときは「ぅえええええー!?」と叫んでしまった。一瞬で色々な思いが頭をよぎったが、一番思ったのは「この場に相応しくないだろう」というものだった。

案の定彼が出てきてから空気が一変する。彼が喋るたびに幻想郷は崩れ、臭い立つ日常が表れ始めた。彼も「何故自分が呼ばれたかわからない」と言っていたが、同じ疑問を抱いていた自分の中で、その疑問は最早怒りの態を成してきていた。「なんでこんなのが」と。けれど小田さんが一言喋るたびに剥がれ落ちた部分が修復されていくような感じで、歌い出す頃には結局いつもの幻想があったのだけど。

「なんだ歌唄えるじゃないか」というのが正直な感想だった。小田さんが別のパートを唄いだした時には「大丈夫かN井ー!!」と本当に心配したけれど、高音が多少掠れただけで、きちんと唄えていた。そりゃそうだ、実際何百回と唄ったはずなのだ、本来なら唄えて当然。でも彼ならまさか――と思わせた。「心を込めて唄えばそれは通じる」とは小田さんの言葉。なるほど確かに普段の彼からはなかなか想像のできない頑張りだったと思う。ああいう真摯で直情的な彼なら許容できるけども……とにかくあの場にいた彼は素直で良かった。その後金スマでのいつもの彼を観て、「ああやっぱり合わないや」と再確認した訳だけど。

なんにせよ、今年もやはりいいものでした。是非来年は従来の『クリスマスの約束』をやって欲しいけど、そうでなくても絶対にやって欲しい。毎年「今年はやるんだろうか……」と不安になる。小田さんも失礼ながら言わせてもらうが、やはり歳だし、体力的体調的にもやれない可能性も充分にあるのだ。だから毎年心配する。心配しながら、楽しみにする。年末のテレビのつまらなさは、この番組だけでチャラになるのだから。

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歌は剣よりも強し。


テーマ:ひとりごと - ジャンル:日記

昔から散々お世話になった方が亡くなられた。

最期の方では本当に痩せこけてしまって、だんだん弱っていく様子は正直見たくなかった。それでもあの人は耳も聞こえたし意識もはっきりしていたし、声は出なくても反応はできた。意識がなかったり、こちらの言っていることがわからなくなってしまっていたりしたら、「もういいか」と諦めることもできたのかもしれないが、意識が完全にある以上、体がいくら弱ってもあの人はあの人のままだった。だから、見舞いに行くことを止めることはできなかった。

葬儀には沢山の人が参列してくれていた。賑やかなところが好きだったあの人のことだから、きっと喜んでくれたことだろう。情に篤く涙もろい人だったから、喜びながら涙を流していたかもしれない。……きっとそうだろうなあ。

式の終わりに、あの人の弟さんが故人の遺した言葉を仰っていたが、言葉の発音の仕方、テンポなどが本当にそっくりで、不覚にも思い出し泣きしてしまった。

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親しい人が死ぬのを肌で感じると、まったく悪いことをする気なんて起きなくなってしまう。猛烈な虚脱感に包まれる。結局誰でもああなるのだと、普段目を背けていることを突きつけられる。それはとても辛くて、悲しくて、それでもまたそれに目を背け、再び歩みだすしか道はない。

乗り越えるものだと思う。死は。自分の中で何らかの決着をつけて、忘れて、進んで、時には思い出して、悲しくなって、でも進む。苦しい道だ。他人でさえこの苦しさだ。肉親が死ぬことなんてとても考えられない。考えたくもない。家族の一人でも欠けて欲しくない。そう考えて、今が幸せなんだと気がついた。それに気づける幸福。死は色々なものを奪い、そして与えてもくれる。

自分が他人の死を悼むように、自分の死もまた誰かが悼んでくれるのだろうか。それは嬉しいことだが、しかしやはり悲しいことだ。少なくとも、自分は親を看取ってから死のうと、前から思っていたことを再確認した。できるだけ長生きしたいものだ。多くの人を看取って、誰も悲しむ人がいなくなってから死ぬ――理想だろう。悲しい、孤独な死だ。でも誰かがそれは請け負わなければならない役目だ。ならそういう嫌な役は、自分にやらせて欲しいとも思う。やりたくはないのだが、親類友達その他諸々、自分にとって大事な人間にそれをやらせたくはない。ならやるしかないだろう。

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昨日も、今日も、そして明日も、屍の上を歩くのだ。


テーマ:■今日の独り言■ - ジャンル:日記

火曜夜八時からは、たけしの家庭の医学の番組と踊るさんま御殿をCMの度に変えたりして両方ちょくちょく見ているのだが、今日はずっとさんま御殿を観ていた。あーやっぱりアンガールズの右側の方は結構喋れて面白いなーと笑いながら観ていたのだが、そんなとき友人からメールが来た。

『ちょっとたけしの番組観てみて! 面白いのが観れるよ!』

ほう、なんかまた派手な死に方でもしたのか? と思いつつチャンネルを変えてみると……大腸全摘? ……どこかで聞いた感が。そして右上の病名を見てみると……

『潰瘍性大腸炎』

うおおおおおおおおおおおいマジですかマジですか!! なんでこんなのやってんだよ! しかも何で観てない今日という日に限ってやってるのよ!! 観たかった! 観ながら「うわーこれあるよねわかるわー」とか言いたかったのに!! しかもATM療法(註1)で有名な、順天堂大学の大草先生出てきてるし! なんて豪華な!!

正直かなり凹みました。

一応以下に引用したものを。

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最終警告! たけしの本当は怖い家庭の医学

症状(2)「下腹部の痛み」
IT企業の社長秘書を務めるO・Rさん(27歳)。多忙を極めるワンマン社長のもと、気の休まる暇もない日々を送っていましたが、ある日突然、“下腹部に差し込むような痛み”を感じました。やがて“下腹部の痛み”と“下痢”に頻繁に襲われるようになった彼女は、ある日、雑誌で「過敏性腸症候群(かびんせいちょうしょうこうぐん/ストレスが原因となって腸の働きが悪くなり、便秘や下痢を繰り返す現代病)」の記事を見つけます。自分もこれだと思ったO・Rさんは、仕事が一段落すれば治るに違いないと胸をなでおろしていましたが・・・。

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いやもうまさに自分の症状を辿ってる。こっちは一度「過敏性腸症候群」ときちんと診断されたことがあったから、またそれだろうと思って我慢していたのだけど、あまりに治らなかったもんだから病院へ行って血液検査して、そうしたらもう炎症反応の指標であるCRP値が馬鹿みたいな値を示してるもんだから、詳しく検査したらUCだった。そこから暫くは点滴で脱水症状と栄養失調をどうにかしようとしていたのだけれど改善されず、私立病院にUCでそこそこ有名な先生がいる、との話を聞いたからそっちへ行って、血液検査しただけで「今すぐ入院してください」と言われ……。

観たかったなあ……(´・ω・`)

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註1:ATM療法
 別名を抗菌剤多剤併用療法。
 順天堂大学医学部付属順天堂医院消化器内科大草敏史先生が開発した治療法。
 潰瘍性大腸炎の元凶と考えられている「フソバクテリウム・バリウム」という菌を、
・アモキシシリン(Amoxicillin/AMPC)
・テトラサイクリン(Tetracycline/TC)
・メトロニダゾール(Metronidazole/MNZ)
 以上三種類の抗生物質を併用して死滅させる。

 現在のUC治療は「5-アミノサリチル酸製剤」(ペンタサ/サラゾピリン)やステロイドで炎症を抑え症状を緩和させる、というものが一般的だが、この治療は抗原である菌を死滅させるため根本的な治療となり得る可能性を秘めている。

 この治療法は一般の病院ではまだ行われておらず、特定の病院で治験(要するに臨床試験)という形で行われている。治療の成果としては中等症、重症のUC患者の約八割強に大きな効果が出た。これはステロイド剤を用いても効果が出なかったり、ストロイド剤を切ることのできない難治性潰瘍性大腸炎患者にも大きな効果が表れたため、これからの大きな普及が期待できるとされている。

(こんな素晴らしい治療法を開発なさった大草先生。先生がTVに出ているのを観たUC患者が驚く理由、理解してもらえるでしょうか。下手すれば命の恩人になりかねない方だし。



誰か時間をください。いやそれはちょっとさすがに厚かましすぎか。言い直す。誰か時間を売ってください。一時間5000~10000円くらいで買いますから。……安い? でもこれくらいが限界なのです。それでもいいから売ってくれるという方がいらっしゃいましたら、是非ご一報ください。100時間分くらい捻出しますから。

24時間。一日の時間であるが、足りない。足りなすぎる。いや、入院中に24時間は長すぎると思ったのも確かではあるが、通常の生活に戻った今となっては足りない。確実に足りない。

睡眠時間を削ればいいというのは理解できる。実際今でも睡眠時間は4-6時間に抑えている。短眠法の本を読み、体質ごと短眠型に変えるのは無理だと判断し、要所要所で短い睡眠を補うというスタイルを採用してはや数ヶ月、確かに効果も上がっているのだがまだ足りない。それには時間の使い方がへたくそだという理由が挙げられるし、更に言うならば4h/dayの睡眠ではこの躰は満足してくれないということだ。

時間の使い方がへたくそというのは、これはもう直らないと思う。「自分は時間の使い方が下手だから改めねばならない」と思える人間なら直すこともできるだろうが、「無駄な時間なんてない。無駄な時間こそが人生の糧である」というのが持論の自分には、無駄な時間というのは欠かすことのできない空白時間、日々の休息である。削れない。睡眠時間も削ってはいるが、何日かに一度しっかり寝ないと躰に変調を来たす。大学受験時、強制完徹時に思い知らされたが、どうやら自分は8h/d程度の睡眠がないとダメらしい。それを気合いでどうにかしているが、やはり足りない。

年末年始とそれから暫く、どうも忙しいことになりそうだ。忙しいことには充足感も得られるが、しかしそれは錯覚だ。知り合いにも「よく色んな人に誘われちゃってさー、もー大変」とか言いながら変に満足している輩が存外にいるが、あれは完全な間違いなんだぞ、と一度指摘してやりたい。外から与えられる充足感に満足して、自分で充足することを怠れば、燃え尽き症候群まっしぐらである。自分から周りに奉仕するならともかく、受動だけで動いている人間はいつか必ず暗い目に遭うぞー。

文章書くのは好きだけどね。真面目に書くと整合性とか色々気をつけなくてはならないことが多くて大変だ。自分の文章の癖は「色々」「結構」「なかなか」「適当」みたいな曖昧な言葉を多用するところにある。これがなかなか矯正し辛く、難しい。話し言葉は書き言葉に先行する、なんてどこぞの例文みたいなことが頭をちらつく。なるほど自分の文章は論理性に欠く。まったく文系の文章だ。しかし文章の矯正は人格の強制にも近い訳で、自分の人格をそこそこに(これも曖昧語ね)好きな自分はあえて直したくもない訳でした。うーんナルシストチック! 実にモイキー。

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携帯でSH902iが発表されたねー。背面液晶がないのがちょっと残念なのと、デザインがいまいちぱっとしない点が購入を躊躇わせるけれど、やはり中身が良い。やっぱりこれ買おうかなぁ。一応候補として黒と青を考えている。赤はそんなタイプじゃないし、白はなんか綺麗過ぎて二の足を踏んでしまう。一説では903が次世代機、ということらしいけども、いい加減今の携帯が悲しすぎるスペックなので換えたいところ。小さいのはいいんだけどねえ……。902はPush-To-Talk採用機で機能的にも暫くは遅れを取ることなく、多少は長持ちしてくれるだろうし。でもデザインが……Pの形好きなんだけどなぁ……ううむ。発売日までに決めておくとしよう。


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トレーニングとか(´・ω・`)カッタルス

一応やったけどこりゃあどうだろうな……。たったアレだけでも敬遠してしまいそうになる。まあもともと気休め程度の効果しかないんだろうけど、やらないよりはマシだろうしなぁ。頑張ってみますか。というか頑張るほどのことでもないんだけども。

最近本気で寒くなってきた。……だというのに何故まだ蚊がいるか!! もう真冬だぞ! 夏じゃないんだ! 耳元で羽音を立てるな! 血を吸うな! とっとと消えてくれー!!

本日倒した蚊の数:五匹。



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