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 世の中にはたくさんの作品が出回っている。音楽、絵画、小説、漫画、映画、演劇等等限りがない。それらは一応別々のものとして扱われているけれど、でも根本は同じであるということを日常の中にいるとつい忘れてしまっていたりする。それを時代のせいだと嘆くがよいのか、それはわからないが、しかしそれでも大量生産大量消費の構造がどうしても見えてくる。

 誰もが簡単に、自由に情報を発信できる世界ではあるが、そこに摩耗してでもいいから自分の意思があってほしい――と思わざるを得ない。

 面と向かっては言えないけど、そういう形で有名になっちゃっていいの? みたいな。

 妥協てのはバランスがすごく難しい。普段はガンガン妥協しなきゃやってけないのに、ここぞというポイントでの妥協はあまりに致命的だ。しかもそのここぞというときが実際そのときはわかりづらいのが問題なんだよなぁ……。

 何が言いたいのか最終的にわかんなくなる自分の文章の癖。言いたいこと多くて思考が跳ぶ跳ぶ。

 まー何があったのかというと、本人の本質と掛け離れたやり方で世間に認められ始めている友人を知って悲しくなりました、という話。まあ本質云々ということを語るのが間違いだというのもわかるのだけど、それでもね……。


 いやはや、世の中ままならねーです。
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