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去年の年末から身内と、その親交の篤い人たちに悪いことばかり起こっている。自分が潰瘍性大腸炎で入院したのを皮切りに、母方の祖母の友達の家の倉庫が焼け、周りの家にも被害を出して新聞にも載るような騒ぎになったり、漸く退院の運びになろうかという頃には、倉庫が焼けたというその人が入れ替わりに入院、その人が退院する頃には祖母がまた入れ替わりで入院。病院にはお世話になりっぱなしだ。

他にも自分が財布を落とす、弟が車に轢かれ掛ける、弟がまた病気に罹る等等、些事を含めれば枚挙に暇がない。

つい最近に至っては、祖母の別の友人が亡くなった。私が小さい頃からお世話になっていた、大柄な人だ。低いバスの声はとても快い響きだったのを鮮明に覚えている。その人の死の話を母から聞いた時、あまりの驚きに絶句してしまったが、驚くべきはその後にあった。その人の葬儀をしようとしていたその人の息子、その人までもが亡くなってしまったのだ。それも通夜当日、通夜の開始予定時刻から三時間程前に。こんなことが起こるとは、誰も想像できなかっただろう。

その祖母も退院をしたものの調子が思わしくなく、色々と検査をした結果肺癌だと判明した。三年ほど前に乳癌の手術をした後、抗癌剤の投与を祖母が頑なに拒んだのもその要因のひとつかもしれない。普通老人の癌の進行は遅いはずなのだが、私の祖母はどうも少数派に属してしまっているようだ。

現在実家で自宅療養をしているが、かつての気丈さは消え失せ、めそめそと泣いてばかりいる。見ていて非常に痛々しい。言いたいことをずけずけと言い、一年に何度も海外旅行をしては土産話を楽しそうにしている頃の祖母とは、全く掛け離れた人間になってしまっている。腫瘍熱や痛みを和らげるために、八錠/日程度の薬を服用しているが、今まで薬にほとんど頼っていなかった人間のため、それだけで気が滅入ってしまっているようだ。ただでさえ一時気にし始めると考えることを止めない人だ、悪い方へ悪い方へと考えてしまうのだろう。

本人はもう自分が長くないのを知っている。自分の人生の終着点が見えた生活、自分にはない未来を考える生活というのは、正直想像したくはない。やはりその生活は苦しいのだろう、死にたい死にたいと言うようになってしまった。本人はホスピス行きを希望している。延命はしなくていい、痛みを取って、そして早く死なせてくれ――死にたくなんてないはずなのに。

それでも今のところは普通の生活をしている。しかしそれがいつまで続くとも分からない。イメージトレーニングはしている。いつその一報があったとて、冷静に対処できるようシミュレートは何度も繰り返している。しかしいつも、どうしても泣いてしまいたくなる瞬間がある。火葬場だ。綺麗な顔をして棺に入った祖母を送り出し、帰ってくる軽い骨。それを摘まんで骨壷に入れる――そこだけは、どうしても平常心を保ってはいられない。想像だって、本当はしたくはない。けれど、しなければならない。祖母が死んだ後、母は取り乱すことだろう。しっかり支えてあげなければならない。それが祖母の意思でもある。まだ「遺志」とは使いたくない。

死について誰もが考えたことがあるだろう。私も過去幾度となくその疑問を解決しようと思索するも、結局は怖くなって止めてしまっていた。しかしもうすぐ、ひとつの結論が提示されることとなる。それを上手く昇華させることができる自信は、全くないというのが正直なところだ。死に関する精神論、理想論の類による理論武装はしてきたはずなのだが、最も大事な所で徹しきれない。割り切れない。

色々考えて、また考え中ではあるものの、せめて最期は一家で看取ろうと、それだけは、心に決めた。
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