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今更ながら相当驚いてしまった。

特に用もなく、立ち読みでもして時間潰そうと思ってたのだが、この本を偶然見つけ衝動買い。講談社ノベルスからとっくに「雨」は出ていたのだが、どうも地元では見つからなくて。「風」の方は最近出たし、持っているのだけれど。なので文庫本バージョンを、ということで。本棚に入れるなり置くなりしたときにサイズが合わないのは癪だが、まあ仕方がない。

いつも「解説」やら「あとがき」やらから読み出すのが癖なもので、まず解説を開いたのだが、瞬間目を疑った。阿部寛なのだ。あの冗談みたいな映画「姑獲鳥の夏」で、榎木津礼二郎役を演じたあの阿部寛が解説を書いていたのである。

馬鹿か、と思った。解説を書いてくれないか、と頼んだ担当編集者は配慮というものを知らないのか――と。確かに映画を見たり、その評判を聞いたり、または強烈な役をいくつもこなしてきた「阿部寛」のファンだったり、そういう人間は「解説・阿部寛」というだけで買ってしまうが、しかし当の本人としてみれば、これほど書きにくい作品もあるまい。

「自分は作品を読み込む方だ」と語っていた氏だが、「姑獲鳥の夏」での登場時間はひじょーに短い。原作でもまだ榎木津が大人しかった頃のため、それほど多く登場してくる訳ではないが、要所要所で強烈に自己主張してくるため、読了後の印象は強い。しかし映画の中では、本当に中心となる流れ以外の部分が滅茶苦茶(そう、まさに滅茶苦茶に)省略されているため、彼が大きく動く場面がほとんど消えてしまっている。読み込んだ、といういうのなら、とんでもない肩透かしを食らったことだろう。実相寺組という名前は役者にとっては感涙ものかもしれないが、作品を見る限り「ダメ」の一言しかない。

「本来美味しい役」を「出番のない美味しくない役」に仕立て上げられ、それを演じざるを得なかった阿部寛。彼がどう思ったのかは知れないが、そんな立場に立たされたのだから、原作者の本の解説を書く、ということは、苦痛だったのではないだろうか。

そういうことを思いながら解説を読んでいくと、まあ多くは原作本からの引用文で、色々と無理に褒めてる感が拭えない。本当にあのように思っているのなら、それはそれでいいのだけれど……。「映画では削られた榎木津らしいエピソードを、さりげなく出すようにした」という件は、あの映画を見てから読むと、なんとも切ない。残念だけれど、出すほどの尺ないよなあ……。

「姑獲鳥」でコケたから「魍魎」も、「狂骨」も「鉄鼠」も「絡新婦」も、映画化は最早夢のまた夢――というかあんな形での映画化なんざしない方がよっぽどマシではあるのだが、せめてきちんと榎木津を阿部氏に演じさせて欲しいなと、この解説を読んで改めて思った。しかし仮に次回作があったとして、氏の風貌は原作にある榎木津のそれとはかなり異なるため、またお声が掛かるかどうかは更に怪しいものではあるのだが。

蛇足ながら作品はやっぱり面白かった。「風」を先に読んでいたから、僅かに楽しみが減ってしまって吐いたが、なるほどそういう繋がりかと納得できて良かった。

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さて、一悶着あった次回作「邪魅の雫」(週間大極宮/第218号参照)はいつ出るのやら。ぬか喜びさせられた人間としては、K談社への不信感を募らせつつ、同時に作品への期待も募らせている訳で。厚さも気になるところ。早く出ないかなあ。

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テーマ:京極夏彦 - ジャンル:小説・文学


















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