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今日は天気が良かったので日なたで音楽を聴きながらまどろむ。曲はこっこの「コーラルリーフ」や「風化風葬」等、「Sangrose」に収録されていた曲を中心に。「Bougainvillia」とか、他のアルバムに収録されている曲も勿論好きだけれど、この時期の曲――彼女の棘が柔らかくなったというか、彼女の中で気持ちが整理できたような、というか、そういう感じはこういった陽だまりの中が良く合うと思う。

ところでこっこ、何故人気がないのだろうか。いや、あるんだろうけどそれほど表に出てこないという方が正確……なんだろうか。やっぱりコアなファンが付いているだけで、それほど世間では認められていないのかなあ。でもまあ、それも仕方ないとも思う。

そういえば知り合いに「こっこが好きなんだよ」と話したら「え、こっこ?」と怪訝な顔をされたことがあったが、多くの人はそういう反応を示すのだろうか。その知り合い曰く「彼女の曲は暗くてきつい」。うーん、TVに出ていた彼女はやはりそういう風に取られてしまうか。確かに暗い。暗くてキツイ。おまけに彼女の歌唱力は素晴らしく、気持ちが生で伝わってくるような感覚を受けるため、余計に響いてしまうのだろうと思う。

ファンの人ならわかると思うが、「ベビーベッド」の歌詞など途轍もない。あれを聴いたときには身震いがした。歌詞だけ見るなら色物も色物だ。しかしそれを色物にさせないのは彼女の気持ちが篭もっているからだろう。余りに痛々しく、身を切られる思いがした。

――愛した相手の子供を産んで、その子を鉄でできた檻に閉じ込め、あやし、育て、常に見続け、壊れるほどに愛し続ける。自分を捨てた、愛した人そっくりの子供を独占するために。愛した人のように自分を捨てないように。

「ベビーベッド」は彼女の曲の中でも飛びきり暗い曲で、あまり自分も好きではない(さすがに聴いているだけで気が滅入る、というより身が裂かれる思いがする)が、基本的な部分はどれも同じであると思う。彼女の思いを文章化、音楽化させ、自ら歌うというその手法だ。「Rapunzel」時代は少々周りに歌わされたような感じを受けないでもないが、それでもきちんと思いを乗せている。思いを乗せて歌うということが如何に難しいかは誰でも分かるだろう。歌手とは本来そうあるべきなのかも知れないが。

そうして考えてみると、私は今の音楽界に明るい訳ではないが、彼女ほど「創作」という意味で音楽をしている人間はいないのではないだろうか。書く度に、歌う度に、自分を切り詰めていく。創作とは、本来そうした苦しい作業であるはず。理論に合わせて「こういう曲調だからここはこう」「ここでこの展開がベターだろう」みたいな、何も考えないでできるものは真の意味での創作ではなく、ただの娯楽作品ではないのか。流されるままに創ってはいないか。自分の言葉、自分の思いで行動できているのか? 違うと否定するその思いは、果たして本当に自分の思いか?

真摯に歌う彼女を聴くと、いつもその問いを突きつけられる。そして必ず、日常に埋もれている自分を見つける。昔は違った。昔は日常に埋もれてなるかと必死になっていた。足掻いていた。その頃は自分にとって辛いことも多かったけれど、一番濃い時期だったと思う。その過ごし方が良いとは思わないけれど、でも、少しくらい自分を出してみてもいいかな、と思う。
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